ヒト・モノ・カネという言い方があります。
経営の三要素と習いますが、実際に十数年これを扱ってきた立場で言わせてもらうと、この三つは並んでいません。ヒトだけが、明らかに難しい。
モノは壊れても直せます。カネは足りなければ調達を考えられます。どちらも、こちらの打ち手がそのまま結果に返ってきます。
ヒトだけが、そうなりません。
一日の2割は、人のために使っていた
数えたことがあります。正確な集計ではなく、あくまで体感ですが、私の業務時間のうちおよそ2割は「人」に関することに使われていました。八時間働くうちの、一時間半強です。
内訳はこうです。
- 相談を受ける
- 各種手続き
- 採用
- 研修
- 教育
- フィードバック
- 査定と考課
- 労務関連の書類
一つひとつは、どれも必要な仕事です。手を抜けば必ず後で跳ね返ってきます。ただ、この時間は売上を直接生みません。生まないけれど、やらなければ組織が回らない。そういう性質の時間です。
そして、この2割には含まれていないものがあります。感情労働の部分です。
どちらからも殴られる場所
中間管理職をやったことのある方には、たぶん一言で通じると思います。
上司から部下を守ろうとして、上司に背を向けて部下に手を広げていると、その部下からもボディを打たれる。
上を向けば数字の話をされ、下を向けば納得のいかない顔をされる。どちらの言い分も分かるから、どちらも切り捨てられない。切り捨てられないので、自分のところで受け止めることになります。
これは業務時間の集計には出てきません。でも、確実に何かを消耗させます。
一人いるだけで、組織は傾く
ある時期、組織の空気を壊していく人がいました。
具体的なことは書きません。ただ、そういう人が一人いるだけで、周りにいた優秀な人から順に辞めていきます。本人ではなく、周りが抜けていく。ここが厄介なところです。
対応にどれだけの時間とエネルギーを使ったか、正直もう覚えていません。覚えているのは、その間、本来やるべき仕事がほとんど進まなかったという事実だけです。
採用も、教育も、評価も、こういう一件で簡単に吹き飛びます。人に関する仕事というのは、平常時のコストと、有事のコストがまったく違う。そして有事はいつ来るか分かりません。
そのうえ、人件費は上がっている
これは私の実感の話ではなく、数字の話です。
連合の集計では、2026年の春季生活闘争における賃上げ率は、定期昇給相当分を含めて5.26%でした。三年続けて5%を超えています。従業員300人未満の中小の組合でも5.05%と、5%台を記録しました。
つまり、人を雇うということの単価が、はっきりと上がっている。数年前の感覚のまま人員計画を立てていると、どこかで合わなくなります。
私はこの数字を、経営管理の側から見ています。悪いことだとは思っていません。ただ、事実として、人を雇うという判断のハードルは以前より確実に高くなりました。
それでも、人が要らないとは思っていない
ここまで書くと、人に疲れた話に読めるかもしれません。そうではありません。
私は今でも、人でなければならない場面はいくらでもあると思っています。人には人の良さがあって、育ってくれれば嬉しいし、一緒に何かを達成した時の喜びは、他では代えがたい。
ただ、その一方で、こうも思うようになりました。
誰がやっても同じ成果物になる作業に、人がやる意味をあまり感じない。
この二つは矛盾しません。人にしかできないことがあるという話と、人でなくてもいいことがあるという話は、別のことを言っています。
だから、今は雇わない
起業するにあたって、人を雇う選択肢はありました。選ばなかった理由は、そんなに立派なものではありません。
一つは、利益がないからです。利益も出ていないうちに人は雇えません。もう一つは、事業の規模がまだ人を必要としていないからです。
そのうえで、正直に付け加えるなら——ヒトが一番難しいと知っているから、というのも確かにあります。
「人を雇わず」というこのサイトの名前は、人を否定する言葉ではありません。人を扱う難しさを十数年見てきた人間が、今の自分の規模でできる形を選んだ、というだけの話です。
規模が変われば、判断も変わるかもしれません。その時が来たら、そのこともここに書きます。
出典
- 日本労働組合総連合会「2026春季生活闘争 第1回回答集計結果」(2026年3月23日時点)/労働政策研究・研修機構による報道より
——中の人T