「AIってどう使えばいいんですか」と聞かれることがある。

私はしばらく考えてから、こう答えることにしている。

「部下に仕事を頼む時と、同じようにやればいいと思います」

たいていの人は、少し首をかしげる。でも、続きを話すと、大抵の人が「あ」という顔をする。

販促案を10個出してと頼んだ話

少し前のことになるが、部下に販促案を考えてほしいと頼んだことがある。

指示はこうだった。

「販促案を10個出して」

それだけだった。数日後、進捗を確認すると、出てきたのは凝りに凝った案が一つだけ。内容は悪くない。ただ、私が欲しかったのはそれではなかった。

方向性を決めるために、幅広いアイデアを10個並べて見たかった。その段階では、一つをじっくり作り込む必要はなかった。

これは誰の失敗か。

私の失敗だった。「10個出して」という指示に、期限も、品質の基準も、なぜ10個必要なのかという目的も、何も入っていなかった。

部下は、指示の中にない情報を自分で補った。そしてその補い方が、私の想定と違った。それだけの話だった。

成果物のムラは、上司のムラ

人を管理する仕事を続けてきて、一つ痛感していることがある。

部下の成果物にムラがある時、多くの場合その原因は部下の能力ではなく、上司の指示の精度だということだ。

同じ人に同じ仕事を頼んでも、指示の出し方を変えると、成果物が変わる。

私が辿り着いたのは、こういう構造だった。

ここまで説明すると、誰に頼んでも、成果物の質のばらつきが小さくなる。

AIに同じことをやったら、同じことが起きた

ある時、AIに雑な指示を出した。内容は伏せるが、「販促案を10個出して」と同じ水準の、目的も基準も抜けた指示だった。

返ってきたものは、悪くはなかった。ただ、私が欲しかったものでもなかった。

その時に気づいた。これは部下の時と同じ失敗だ、と。

AIは、指示の中にない情報を自分で補う。そしてその補い方は、こちらが正しい情報を与えなかった分だけ、想定から外れる。

構造が同じなら、対処も同じだった。最終目的、工程、意図。これをAIへの指示にも入れるようにしたら、成果物が変わった。

AIが悪いのではなく、渡す情報が足りない

「AIの精度が低い」という話を聞くことがある。

使ってみたけど大したことなかった、という感想も。

そういう時、私はいつも同じことを考える。指示の中に何が入っていたのだろう、と。

材料、目的、完成図、注意点——これを丁寧に渡せば、AIは高い確率でそのまま使えるものを出してくる。指示が荒ければ、成果物も荒くなる。

AIが賢くないのではなく、渡す情報が足りていない。

これは部下への指示と、構造が同じだ。

うまく使える人とそうでない人の差は、AIの扱い方を知っているかどうかではなく、情報を整理して人に渡す訓練を積んできたかどうか、の差なのかもしれないと思っている。

部下に仕事を振ってきた人は、その訓練をすでに積んでいる。

——中の人T

← 前の記事:一日の2割を「人」に使ってきた私が、人を雇わずに始めた理由